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大阪高等裁判所 平成3年(う)424号 判決 1992年2月05日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤田正隆作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反を主張する点について

論旨は、1覚せい剤の自己使用に関する本件公訴事実は、犯行の日時、場所、方法の記載が極めてあいまいであり、訴因が特定していないから刑事訴訟法三三八条四号により、原審において公訴棄却の判決をすべきであったのに、そのまま実体判決をした点、2違法な捜査手続により獲得された証拠能力の無い証拠を採用して有罪の判決をした点、の二点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、以下に説示するとおり、所論1は採用できないが、原判決には所論2の違法が認められるから破棄を免れない。

一  まず所論1について検討するに、訴因変更後の本件公訴事実は「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六三年六月中頃から同月二五日までの間、大阪府内、兵庫県内、岡山県内のいずれかにおいて、フェニルメチルアミノプロパンを含有する量目不詳の覚せい剤を自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。」というもので、所論がいうように、犯行日時の点で約二週間の幅があり、場所が三府県にわたり、使用量も不詳というあいまいな点があることが認められる。

しかしながら、訴因の特定は、審判及び被告人の防御の対象を明らかにするという目的のために行われるものであるから、右機能を害しないかぎり、捜査の状況等により「できる限り」特定すれば足りるものであることは刑事訴訟法二五六条三項の規定に照らして明らかである。

そこで、まず前記程度の訴因の記載が審判の対象をあいまいにしているか否かについて検討するに、覚せい剤使用罪の保護法益は、個々人の健康被害を防ぐことを直接の目的とするものではなく、そのような被害を及ぼす有害薬物を国が厳重に管理する権能を保護する点にあると解するのが相当であり、保護法益の幅は甚だ広いといわなければならないから、保護法益侵害行為の特定のために日時、場所、態様の具体性が必ずしも必要不可欠とは解されない。

とりわけ、本件のように被告人の尿から覚せい剤が検出されたという証拠関係がある場合には、故意が無かったというような特段の事情が無い限り、仮に日時、場所、態様が不詳であっても、尿の提出から最長約二週間前までの期間内に少なくとも一回の前記管理違反行為があったこと自体は明白であるといわなければならない。

そうすると審判の対象としては、右違反行為が他の行為と区別できる程度に特定していれば足りると考えられるところ、前記訴因は約二週間の期間内に少なくとも一回の被告人の管理違反行為があったことを検察官が主張しているものと理解し、審判の対象とすることが可能といわなければならない。

すなわち、約二週間の期間内に少なくとも一回という主張であれば、個別性が弱いだけに逆にその期間内の他の同種行為が別に処罰される危険はないと考えられるから、消極的ではあるが他の行為との区別がなされているといわなければならず、そのため二重起訴、既判力の問題も生じ得ないからである。

これを被告人の防御の点から検討しても、被告人の尿からの覚せい剤の検出があれば、被告人との結びつきは疑いを入れる余地がなく、被告人のアリバイ主張は意味がないこととなるから、その意味で日時、場所、態様の幅が被告人の防御に影響を及ぼすことはないうえ、被告人が覚せい剤の体内摂取について故意がなかったとの主張をするについても、その主張の特殊性にかんがみれば、日時、場所等に幅があるからといって被告人に特に困難を強いるものとも考えられず、仮に日時、場所等が不明であるが、訴因で主張された期間内に故意が無い使用行為があったとの合理的疑いが残存すれば、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、訴因となった使用行為と結びつけて判断することとならざるを得ないから、結局被告人に不利益を及ぼすおそれはないと解される。

また前述のように二重起訴、既判力の範囲の不明確性が被告人に不利益に働く危険も考えられないから、いずれの側面から検討しても被告人の防御を不当に困難にする点はないといわざるを得ない。

以上によれば、本件程度の訴因の特定が訴因の機能を害するものではないと解されるうえ、覚せい剤自己使用罪の犯行は、被害者がなく行為の密行性が高いため、被疑者の任意の自白が得られない場合には、捜査を遂げた後にもなお犯行の日時、場所、態様を詳細には解明できない場合が多いことは経験則に照らして明らかであることをも考慮すると、本件における訴因の記載は法にいう「できる限り」の要件を満たしていると解するのが相当である。

従って、これと結論において同旨の原判決の判断は肯認することができ、所論1は採用できない。

二  次に所論2について検討する。

所論は要するに、被告人は強制力を伴う違法な任意同行により警察署に連行され、そこで尿の捜索差押えに必要な注射痕の検分、写真撮影を強制され、その結果、いわゆる強制採尿令状が発付されて病院に連行されたため、やむなく尿を提出したものであるから、右尿の鑑定書は違法な強制力を用いた結果得られた証拠として証拠能力を有しないのに、原判決は任意同行は違法であったが、警察署における注射痕の検分等は被告人の任意の同意の下に行われた適法な手続きであるとして前記鑑定書の証拠能力を肯定した点を論難するのである。

そこで記録及び当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに本件採尿に至る経過として以下の事実が認められる。

イ  職務質問の現場の状況

昭和六三年六月二五日午前六時すぎ頃、大阪市a区内地下鉄北巽駅付近路上において、暴力団員風の男二名とAの職員が車両修理代金の件でもめているとの通報により生野警察署(以下生野署という)警邏課B巡査部長外一名が現場に到着した。

右BがAの職員及び故障した普通乗用自動車に乗っていた一名に事情を聞くと、同人は氏名をCと名乗ったが、車の所有関係や運転者等についてはあいまいな返事しかせず、まもなく被告人がその場に戻ってきたので、同様に尋ねると氏名を名乗らず、大声を出すなど不審な点があり、さらに右車両が無車検であり、後部席にビデオデッキ数台を積んでいることが判明し、代金トラブル及び車両、積載物の窃盗、無車検車両運転の疑いのため職務質問を継続することとし、生野署に応援要請をした。

Bらは応援に加わった四名の警察官とともに被告人及びCに対して氏名の確認と生野署への任意同行を促したが、とりわけ被告人は反抗的で、タクシーに乗ろうとしたり、付近の公衆電話を使用してたびたびどこかへ連絡をとり、現場を立ち去ろうとしたが警察官らに制止された。そのうち無線照会によりCに覚せい剤の前歴があることが判明し、また同人が右翼または暴力団関係者らしいことが判ったことや次第に野次馬が集まり始めたため、Bはさらに生野署刑事二課の私服刑事の出動を求め、午前八時三〇分ころ同課D巡査部長ら四名が現場に到着し、Bからそれまでの状況の引継ぎを受け、被告人らの説得を開始した。

するとCはこれに応じてパトカーに乗車したが被告人はなお「E」と名乗る以外のことは供述せず、午前九時ころまで任意同行にも応じる気配を全く示さなかった。

同時刻ころ、さらに生野署防犯課のF巡査部長外一名が応援に到着し、そのころからは右Fらが被告人の説得にあたった。

右Fらは、被告人がやせて顔色が悪く、被告人の友人と思われるCに覚せい剤の前歴があることなどから被告人にも覚せい剤使用の疑いが強く、また次第に通行人が増加する時間帯となるため生野署への任意同行の必要性が高いと判断し、繰り返し本名を名乗り、生野署へ同行するように説得したが被告人はこれを聞かず、ついには歩道と車道の間に設けられた鉄柵に両手でしがみつき、片足をからませる有り様であった。このため午前九時三〇分ころ、F外一名は被告人の両手の指を一本づつひきはがすようにして、鉄柵から切離しパトカー内に被告人を押し込んで、生野署に向かった。

被告人がこのように氏名を名乗らず、同行を拒否したのは、被告人がそのころ別件の覚せい剤取締法違反の事犯(保釈金六〇〇万円で保釈中)による懲役二年の判決が確定したにもかかわらずその収監を免れて逃亡中であったためであった。

なお検察官は、弁論において、本件任意同行は、公道上の出来事でありかつ衆人監視の中であったから、警察官が被告人の指を鉄柵から引き離してパトカーに押し込むような明白な強制力は用いるはずがなく、原審証人Fが供述するように、被告人は説得に応じ任意にパトカーに乗車したと認めるべきであると主張するが、後記の如く被告人は生野署においてもなお本名を名乗らず偽名や虚偽の本籍地などを供述していたくらいであるから、被告人の前記拒否の動機が職務質問の現場で変わったとは考えられず、そうすると被告人の任意同行拒否の姿勢は終始極めて強かったと思われるうえ、たまたま当日冷凍車を運転して現場を通りかかった被告人の知人である原審証人Gが、被告人が必死に鉄柵をつかんでいた、刑事が車に乗れと約二、三〇分間説得したり、引き離そうとしていたが、被告人は無言のまま拒絶していた、そのうち一人の刑事が被告人の肩か腰のあたりを、もう一人が腕を掴んで引っ張り鉄柵から引き離すのを見た、と供述している点をも併せ考慮すると、前記F供述は不自然であって措信できず、鉄柵から手指をはがすようにして引き離され、そのままパトカーに押し込まれた、との被告人の供述に信用性を認めるのが相当である。

ロ  生野署における状況

同日午前九時四〇分ころ、被告人とCを乗せたパトカーが生野署に到着したが、そのころ警邏課員が被告人の腕に注射痕らしいものがあることを確認し、前記Fに報告した。

そのため午前一〇時三〇分ころから被告人らの取調べを防犯課のFらが担当することとなり、被告人は生野署防犯課の一号取調室に入れられた。

そこでFほか三名の防犯課所属刑事が交代で被告人に対しあらためて氏名、本籍、住所等を聞くとともに、尿の任意提出を求めたが、被告人は、なお身元の判明を免れるため、当日が土曜日であるから午前中に判明しなければ身元確認が困難になると考え、「E」という偽名や虚偽の本籍等を供述し、かつ尿についてはそのうち出すような素振りを示しながら時間の引き延ばしをはかった。

このためFは被告人について強制採尿の必要があると考え、そのための令状請求資料として被告人の腕の注射痕を確認することとし、午前一一時ころ、取調室に腕のポラロイド写真をとるための鑑識課員一名のほか防犯課員三名を集め、被告人に腕を見せるように言うと、被告人が両腕をまくって見せたので、これを検分すると、被告人の右腕肘の内側に古い多数の注射痕とともに比較的新しい一個の赤い注射痕らしいものを確認し、これを写真撮影した。

なお被告人は、当審において、右撮影状況につき、警察官に無理に腕をまくられたと供述するが、他方、他人が覚せい剤の純度を検査するため密室において覚せい剤に熱を加えて蒸発させた場所にたまたま居合わせたため不用意に覚せい剤を吸入したかもしれない、というような覚せい剤の自己使用を否認する供述を続けていた捜査段階及び原審を通じ、腕の撮影状況に関して物理的抵抗はしなかった旨の供述をしており、弁解内容と直接関連しない右供述内容の任意性、信用性は疑いを入れないと考えられるから、当審に至ってはじめてなされた前記供述内容をたやすく措信することはできない。

次いで、Fは前記写真及び腕の注射痕と被告人の外観挙動に関する捜査報告書を主たる疏明資料とし、被疑者の氏名をEとして尿の捜索差押許可状(以下強制採尿令状という。)を大阪地方裁判所に請求したところ、同日午後一時三〇分ころ発付されたため、被告人を病院に連行し、同所において、右令状の記載条件に従い再度任意提出を促したところ、午後二時二一分ころ被告人が任意提出に応じたため、(原判決が強制採尿したと説示する部分は事実誤認である。)右尿を押収し、これを鑑定に付したところ、右尿から覚せい剤が検出された。

被告人は、尿の提出後、同日午後三時ころ、知人の身元引受があったこと及び尿提出の際に被告人の指紋が採取されたことから生野署からの退出を許されたが、生野署に到着した午前九時四〇分ころから午後三時ころの退出までの間、強制採尿のために外出した以外は取調室から出ることは事実上不可能であった。

すなわち、その間被告人が警察官に対して、帰宅したいとの意思を明確な言葉として表明したか否かは証拠上明らかではないが、前述のような任意同行時の反抗的態度、身元判明と拘束をおそれる強い動機の存在を考慮すると、取調室から一刻も早く出たいとの挙動を常に示していたと考えるのが合理的であり、他方、これに対して前記F及びFとともに被告人を取り調べた警察官である当審証人Hが、いずれも尿を提出しない限り被告人をそのまま帰す意思はなかったと明言していることに照らすと、被告人が供述する如く、防犯課所属警察官らが被告人を厳重な監視下におき、被告人の取調室からの退出を事実上不可能な状態に置いていたと考えるのが自然である。

ハ  以上の事実経過をもとに本件鑑定書の証拠能力について検討する。

まず、原判決が本件職務質問を強制力を伴った違法なものと断じた点は優にこれを肯認することができる。

すなわち、前記イで認定したように、本件任意同行は、路上において約三時間三〇分間という甚だ異例ともいえる長時間の職務質問の後に、鉄柵にしがみつく被告人の手指を引き離し、二名の警察官が被告人の身体を拘束してパトカーに引き入れたという明確な実力行使を伴うものであった点、被告人の任意同行拒否の意向が強固なものであったことは、その挙動自体から何人にも明らかになっていたにもかかわらず、ことさらこれを無視したと認められる点及びその時点での被告人の任意同行の必要性としては、無車検車両についての取調べ、車両及び積載物についての窃盗の弱い嫌疑、Aとの料金トラブルという民事関係のほかは、被告人の外観挙動から経験的に判断した覚せい剤使用の疑いについての事情聴取の必要と、他方付近に野次馬等が集まり事情聴取の場所を移動することが望ましかったという程度のものであり、重大犯罪の嫌疑が濃厚であったとか緊急逮捕の要件が備わっていたというように、ある程度の実力行使が事後的に追認し得る場合にも該当しない点を考慮すると、原判決が説示するとおり本件の場合のFらの現場における令状によらない実力行使が法的に是認し得るものとは到底考えられない。

次に生野署における証拠収集手続について検討するに、生野署取調室に被告人が留め置かれるに至ったのは、前述のとおり違法な任意同行に起因するものであり、しかもその違法は身体の自由という重大な法益を侵害するものであって、それ自体軽視できないといわざるを得ないから、その後の取調べないし事情聴取手続については、警察署における警察官の誠実な説得により、あるいは強制的雰囲気を伴わないように特に配慮した中で、違法な任意同行の事実とは別個に任意の供述をする動機が新たに形成された、というような特段の事情の変化がないかぎり、任意同行における違法性を強く継承するといわざるを得ない。

ところが、被告人は前記認定のとおり、受刑を免れるため、保釈保証金六〇〇万円の没取をもかえりみず逃走中の者であったから、なんとか身元の判明を避け、あるいはそのまま身柄拘束をされる事態を避けたいと考えていたことは、生野署到着後も変わっていたとは認められず、警察官の真剣かつ熱意ある説得に応じる気配を示さなかったことは、Fらが被疑者の氏名を「E」という偽名のままで強制採尿令状を請求せざるを得なかったという経過からも明らかである。

そうすると、任意同行に対して長時間かつ徹底的に抵抗した被告人が生野署に到着後、一変して取調べあるいは腕の検分、写真撮影という強制採尿に結びつく証拠収集に任意に協力したということは到底考えられないといわなければならず、違法な任意同行による影響は基本的に遮断されていなかったと考えるのが相当である。

なるほど、原判決が指摘するように、被告人の腕の注射痕の検分と写真撮影それ自体に被告人が物理的に抵抗した形跡はうかがえず、被告人が観念して応じたと考えられるが、これを違法な任意同行の影響が遮断された結果、別個の供述動機が形成されたと評価することはできない。

すなわち、被告人は職務質問の現場で約三時間三〇分にわたり、警察官の説得を拒否し、最後には鉄柵にしがみつき抵抗したにもかかわらず、これを無理にひきはがされて生野署に連行されて取調室に入れられ、さらに一時間余りいかなる説得にも応じないでいたところ、少なくとも四人の警察官が在室するなかで注射痕の検分と撮影を説得されたのであるから、これに対して物理的に抵抗しなかったから自発的なものであったというのはあまりにも部分的、かつ形式的な見方と評せざるを得ない。

そこには暴力を伴った任意同行の影響が遮断されないまま強く残存し、さらに取調室から出ることも不可能な状況下でしかも四人の警察官が在室することにより被告人の任意な意思を抑圧する強制的雰囲気があったと評価するのが自然である。

したがって、被告人の腕の注射痕の検分と写真撮影は、令状を伴わずに行われた強制捜査と同視することができ、これを違法な任意同行と関連を持たない、別個の任意捜査の結果であったとした原判決の判断は到底首肯できない。

また右捜査の結果得られた資料を主たる証拠として発付された強制採尿令状を示し、任意に提出しなければ令状を執行する、と告知することによって得られた被告人の尿が、本来の意味での任意提出の結果とはいえず、むしろ違法な証拠を基礎とする強制採尿令状の直接的影響下にあったと解するのが相当である。

そうすると、被告人の尿に関する鑑定書も、前述のような違法捜査の結果と直接的因果関係が認められる違法収集証拠といわざるを得ない。

次に、違法な捜査の結果である右鑑定書の証拠能力を最終的に否定すべきか否かについてさらに検討する。

本件のような任意同行と引き続く警察署における取調べは、その態様において逮捕状ないし身体検査令状を得ないでその実質的効果を得たに等しく、その結果は人身の自由の直接的侵害であって軽視できないうえ、短時間あるいは偶発的事態ともいえず、また前述のように他の適法手続に転換して解釈することも不可能であるから、本件捜査手続は、結局において令状主義を没却していると評せざるを得ず、その違法性は重大と考えられる。

また職務質問の結果覚せい剤の自己使用事犯が発覚することは少なくないと考えられるところ、その場合に警察官の経験や対象者の外観挙動等から覚せい剤常用者との疑いが濃厚といえるときであっても、令状がなければ強制力を用いることが許されないことはあまりにも明白であり、そうすると本件鑑定書の証拠能力を是認することにより、本件のような行き過ぎた任意同行と警察署における長時間の留め置き、その中での注射痕の検分と撮影を結果的に追認することは、違法捜査抑制の見地からも相当とは解されないといわなければならず、以上を総合すると前記鑑定書の証拠能力を肯定することには強い疑問が残るといわざるを得ない。

もっとも、記録によれば、右鑑定書は、原審において弁護人がいったんその取調べについて不同意との意見を述べたが、鑑定書作成者の証人調べの後に同意し、その証拠調べがなされている事実が認められる。

しかしながら、右同意の真意は記録上明らかではないものの、原審弁護人は冒頭から最終弁論に至るまで右鑑定書が違法収集証拠であるとの主張を維持しており、右同意後に裁判所の特段の釈明もなされていないから、右同意が違法収集証拠の主張を放棄する意思のもとに行われたものでないことは明白であり、同意の事実が前述の証拠能力の判断に影響を及ぼすものとは考えられない。

以上検討した結果によれば、右鑑定書の証拠能力を認めた原判決には、訴訟手続の法令違反があり、かつ右鑑定書を除いて被告人の覚せい剤の自己使用を裏付けるに足りる証拠はないから、右訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、そうすると、原判決は弁護人のその余の論旨(事実誤認及び量刑不当)について判断するまでもなく破棄を免れない。

よって刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において更に判決するところ、本件公訴事実については、前述のとおり犯罪の証明がないから同法三三六条後段により被告人に対し無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 米田俊昭 裁判官 安原浩)

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